川崎民商事件について、行政書士受験生の方に分かりやすく解説します。
川崎民商事件の概要
この事件は、昭和47年11月22日に最高裁判所大法廷で判決が下された、憲法の令状主義(憲法35条)や黙秘権(憲法38条)の規定が、行政手続き(特に税務調査)にも適用されるかが争われた重要な判例です。
憲法35条
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
憲法38条
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
事件の発端は、川崎民主商工会議所の会員である被告人の確定申告に過少申告の疑いがあったため、税務署員が税務調査を行おうとしたことにあります。しかし、被告人は税務職員の調査を妨害し、検査拒否罪で起訴されました。
被告人側は、「裁判所の令状なしに調査を行うことは憲法35条に違反する」、また「質問を拒否することで刑罰を受けるのは憲法38条の黙秘権に違反する」と主張して争いました。
主な争点
この事件の主な争点は以下の2点でした。
- 憲法35条の令状主義の規定は行政手続にも適用されるか。
- 憲法38条の黙秘権の規定は行政手続にも適用されるか。
最高裁判所の判断と理由
最高裁は、以下の判断を示しました。
憲法35条(令状主義)について
- 憲法35条の保障は、純然たる刑事手続以外の手続にも適用される余地がある、と判断しました。つまり、刑事責任追及を目的としない行政手続であっても、一切の強制が憲法35条の保障の枠外にあると判断することは相当ではないとしました。
- しかし、本件の所得税法に基づく収税官吏の検査については、憲法35条に違反しないと結論付けました。その理由は以下の通りです。
- 検査の目的は、もっぱら所得税の公平確実な賦課徴収に必要な資料を収集することであり、刑事責任の追及を目的とする手続ではない。
- 検査の結果、過少申告が明らかになり、ひいては所得税逋脱(脱税)の事実が発覚する可能性は否定できないものの、その検査が実質上、刑事責任追及のための資料取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものとは認められない。
- 強制の態様も、検査を拒む者に対し刑罰を加えることによって間接的・心理的に検査の受忍を強制しようとするものであり、直接的・物理的な強制と同視すべき程度には達していない。
- 国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的から、実効性のある検査制度は不可欠であり、この程度の強制は不均衡・不合理とはいえない。
- これらの諸点を総合的に判断すれば、あらかじめ裁判官の発する令状によることを一般的要件としないからといって、憲法35条に違反するとはいえない、としました。
憲法38条(黙秘権)について
- 憲法38条1項の保障も、純然たる刑事手続においてばかりでなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続きにはひとしく及ぶと判断しました。
- しかし、本件の所得税法に基づく検査・質問の性質が、刑事責任の追及を目的とする手続ではないこと、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないことから、当該規定そのものが憲法38条1項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとはいえない、と結論付けました。
行政書士受験生が押さえるべきポイント
- 憲法の規定(令状主義・黙秘権)は、純然たる刑事手続以外である「行政手続」にも適用される「余地がある」と判断された点が重要です。
- しかし、税務調査の目的が「所得税の公平確実な徴収のため」であり、「刑事責任の追及のためではない」ため、そしてその強制の態様も「直接的な物理的強制とはいえない」ことから、本件では憲法35条・38条の規定は(適用される余地はあるものの)最終的には違憲ではない、と結論付けられた点を理解しましょう。
- 特に、「刑事責任追及の作用を一般的に有するものではない」という点が、違憲ではないと判断された大きな理由です。
- この論点と関連して、憲法31条(適正手続の保障)が行政手続に適用されるか否かが争われた「成田新法事件(最判平成4.7.1)」も合わせて確認しておくと良いでしょう。
この事件は、憲法が行政権の作用にどこまで及ぶかを示した重要な判例として、行政書士試験でも頻出です。目的と強制の態様、そして「余地はあるが、本件では違憲ではない」という結論のセットで覚えるようにしましょう。
参考リンク
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/962/050962_hanrei.pdf
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